1. 概要
本作品の目的は, 荘園関係データの教育活用を促進する情報モデルを開発することである. 「荘園」は, 歴史教育において中世の土地制度や人々の営みを理解する上で重要な概念であるものの, 教師にとっては取り扱いが困難で教えづらく, 生徒からも分かりづらい領域であることが指摘され続けてきた. また, 学習指導要領で新設された「日本史探究」では, 1990 年代以降の研究成果が取り入れられ, とりわけ荘園における「エリア」のイメージ把握の重要性が高まったとされている. 他にも同指導要領では, 多面的・多角的な考察を可能にするためにデジタル化された諸資料を活用し, 資料から「問い」を形成することの重要性も提示されている. こうした荘園をめぐる学習の困難性の解決や, 最新の教育動向に対応するためには, 多様な研究成果を把握可能で, 主体的な学びに繋がる「問い」を創発する荘園情報を提供可能な環境整備が望まれる.
そこで本作品では, 国立歴史民俗博物館のデータベース「日本荘園」と「荘園関係文献目録」を活用した「nihuBridge LOD; 荘園関係DB LOD」を開発した. その結果, 各荘園データをマッピングする可視化コンテンツや, 関連する研究情報・論文, 他機関のデータベースやデジタルアーカイブ(以下DA)へのリンクを機械可読に提示するLODを構築することができた. 本作品を通して各機関で構築された人文学研究データを外部の情報・資料と接続・構造化することで活用を促進するモデルを示すことで, 人文学・情報学・教育学を架橋し, MLAや研究機関, 学校教育をつなぐDA活用の事例を提示する.
2. 学校教育での活用に向けた機能要件
本作品は, 荘園データの教育活用促進のために, 次の機能要件が必要であると考えた.
・地図上で荘園位置やエリアを直感的に把握しやすくする
・荘園情報とDA資料を接続し, 関連情報を参照可能とする
・荘園情報と論文を接続し, 研究成果を参照可能とする
3. 荘園関係データの接続・構造化
3.1 日本荘園データのRDF化
荘園に関する基礎データとして, 国立歴史民俗博物館が公開する「日本荘園」データベースを使用し, Resource Description Framework (以下RDF)での記述, 構造化を行った.
3.2 行政区画データのRDF化
荘園に関する位置情報をエリアで可視化するために, 市町村コードを活用した. 例えば,「https://w3id. org/shoen/entity/place/30322A1968」というURIを割り当てた上で, RDFを記述した. なお, 各市町村コードに対応する緯度・経度の取得に際しては, ROIS-DSの「歴史的行政区域データセットβ版」を使用した. 上記例では, 市町村コード30322から市区町村ID「30322A1968」を取得し, 代表点及びGeoJSONへのリンクを記述した. この手法により, 6588件の荘園について「歴史的行政区域データセットβ版」との対応を取ることができた.
4 可視化アプリケーションの開発
4.1 検索機能と多様なデータセットとの連携
RDF化したデータを活用しやすくするため, 可視化アプリケーション「荘園関係DB LOD」を開発した (https://shoen.vercel.app/en). 検索機能としては, 国名・郡名・市町村コードなどの空間情報や文献著者などの研究情報のファセットによる絞り込みを可能にした. また, 遺文番号を媒介として, 東京大学史料編纂所が提供する「平安遺文フルテキストデータベース」「鎌倉遺文フルテキストデータベース」「日本古文書ユニオンカタログ」へのリンクを提供し, 原典資料や関連資料の検索性を高めた. さらに, 各荘園の詳細画面においては, 同じ郡名や国名に属する荘園の情報を提示すると共に, ジャパンサーチのDA資料やCiNii, J-STAGEの論文・文献情報も自動的に提示した.
4.2 地図機能
位置情報に基づいて検索することを支援するために, 前述の「歴史的行政区域データセットβ版」との接続を活かして当該市町村コードのtopojsonを使用することで, 検索結果を地図上に表示する機能を提供した. さらに, 「地図」にフォーカスした機能ページ(https://shoen.vercel.app/en/map)では, ファセット検索と組み合わせることで, インタラクティブな表示を実現した. 具体的には, 「日本荘園」の「初見年西暦」による絞り込み機能および連動したヒストグラムと累積数の可視化図も提供することで, 荘園の成立年に関する考察を支援する.
4.3 ピックアップコンテンツの提示機能
Drupalで管理するコンテンツをJSON:APIモジュールを利用して, 外部からアクセス可能とした. このAPIを視覚化アプリケーションから利用することにより, 以下に例示するように, 特定の荘園に対して, 任意の関連資料を表示する機能を開発した.
例1.日根野庄:https://shoen.vercel.app/en/shoen/0404021
例2.東郷庄園:https://shoen.vercel.app/en/shoen/4506002
例3.大井庄 :https://shoen.vercel.app/en/shoen/2204003
本作品では他にも「年表機能」や「文献著者と関連荘園名の共起ネットワーク機能」, SPARQLエンドポイントなどの機能を有しているが, 詳細は割愛する.
5. 学校教育での活用
開発した「荘園関係DB LOD」を用いた学習モデルを開発し, 高等学校2校において歴史学習の授業で本作品を活用している. その結果, 本作品が生徒の「問い」を創発することや, 生徒の時間軸・空間軸に基づいた考察を支援することへの効果が示唆された.
-大井将生, 中村覚. nihuBridge LOD; 荘園関係DB LOD. https://shoen.vercel.app/en, 2024.